寝起きのはなし
遠く、かすかに、鳥の声が聞こえた。
意識がふっと浮上して、瞼を開いた先にひかりが見える。ぼんやりと数秒それをながめていれば、目がまばゆさに慣れてきて、見慣れたベッドルームの景色が視界に写った。
――朝だ。
寝ぼけた脳が働きだし、状況を把握して、このまま起きるか、それともまた眠るか、という二択が一騎のあたまに浮かぶ。
――……今日は、休みだ。
世間一般には平日だが、一騎の勤める喫茶店は週のど真ん中が定休日だ。だから二度寝をしても良い――と、そう思ったが、いやしかし、と、視線を腕のなかへ向ける。そこにはすうすうと規則正しい寝息をたてて眠る総士がいた。長い亜麻色の髪が、薄い掛布団のなかですこし乱れたまま流れている。
昨夜は、ふたり並びながらもある程度の距離は保って眠りについたはずだが、いつの間にやらゆるく抱き込んでいたらしい。すぐそばにぬくもりがあると、つい寝ぼけて手を伸ばしてしまうのは、一緒に暮らしはじめてから顕在化した一騎の癖だ。
きもちよさそうに眠る総士を起こしてしまうのはしのびないが、夏休みに入ってからも毎日のように大学の図書館に通っている彼は、今日もきっと出かける気なのだろう。起こしてやって、朝食を作って、送り出さねばならない。しかし、総士にしては珍しくアラームもかけていないのだな、と、ベッドサイドに置かれて鳴る気配のないスマートフォンを視界に入れながら、一騎は総士の頭を撫ぜて、耳元に顔を近づけた。
「総士、……そぉーし、朝だよ」
「ん……?」
ぱちぱちと、髪の毛とおなじ色をしたやわらかなまつ毛を震えさせて、総士のひとみが何度かまたたく。ぼんやりと一騎の姿をとらえる朝焼けのひとみに微笑んで、「おはよう」と言った。
「……おはよう……」
「今日も大学行くんだろ?そろそろ起きないと」
ほら、と、促すように長い前髪をかきあげてやると、ひとつまたたいて、一騎の手をはらうように、総士がふるりと首をふる。そして、一騎の背中に腕を回して抱きつくように胸元に顔を埋めてきた。思わぬ行動に「えっ?」と声が出る。
「総士?」
「………」
「……大学行かない、のか……?」
「………」
無言のまま、ぎゅっと一騎を抱く腕に力がこもる。いくら総士の寝起きが悪くても、起きたくない、とここまで無言で抵抗することはない。――ということは、これは、眠いから起きたくない、という意思表示ではない。
――もしかしなくても、甘えられているのだろうか。
「……総士」
もういちど、起こす目的ではなく、やわらかく名を呼べば、すり、と、顔が首元にすり寄せられた。ふだんは不器用で積極的に一騎に触れてくることはない総士の甘えた行動に、ぶわりと熱風にでもふかれたような心地がして、たまらなくなった。縋ってくるからだを抱きしめ返し、ふわふわとした髪に鼻先を埋める。一騎が自分の意図を正しく飲み込んだことがわかったのか、総士が安堵したように力を抜いて、身をゆだねてくる。
成人近くなって昔よりからだつきは男らしくなったというのに、それでも、七つ下の総士を抱きしめていると、庇護欲を駆り立てられ、――その一方で、一騎の腕に馴染むしなやかな痩躯に、ちらりと劣情が顔を見せてしまう。
きっと総士は、一騎がせっかく休みなのだから、一緒にゆっくりまどろみたいという思いがあるのだろう。それを邪魔したくはない。けれども、素直な一騎のてのひらは、総士の背中をゆるゆると撫ぜながら腰までおりて、シャツの裾から素肌に触れてしまう。総士がぴくりと震えて、一騎の目を見上げてきた。
「……だめか?」
主語のない一騎の問いに、総士はすこしだけひとみを揺らし、目元を染めながら「……捨てられた犬みたいな顔をするな」とくぐもった声で応える。そうして伸ばされた腕が、一騎の後頭部にまわり、引き寄せられるまま、寝起きのかさついたくちびるが触れ合った。
2020.08.09 文庫ページメーカー初出
やっぱり寝起きが好き