あついふゆ

 むかえにきて、と、一騎にしては珍しいお願いがメッセージアプリに送られてきたのは、日付が変わるすこし前だった。
 年が明けて少し、年末年始の休みも終わって落ち着きつつあるころ、一騎は以前勤めていた喫茶店のメンバーとの新年会に誘われて出かけて行った。電車で一時間ほど離れた街中での開催だったので、終電になるかもしれない、とは聞いていて、翌日はふたりともに店が定休日なので、一騎は総士の家に帰ってくる予定だった。だからもちろん、一騎の帰りを寝ずに待ってはいたのだけれど、むかえにきて、なんて、言われるとは思っていなかった。そもそも一騎が総士に何かをこうしてねだる、ということがあまりない。
 ――メッセージも、ひらがなになっているし、酔っているんだろうか。
 普段の一騎であればきっと、遅くにごめん、迎えに来てほしい、というような文面で送ってくるはずだ。短いメッセージの向こうに、酔ってふわふわになった一騎の姿が浮かんで、つい総士は頬をゆるませる。家で一緒に飲んでいても、一騎はあまり酔わないのだ。自分で加減がわかっていて、度を超す前にちゃんとセーブする。だから、珍しくてかわいい一騎が見られるかもしれない、と、総士はちょっと邪な気持ちで、迎えに行く、と、短く返信を打ち、急いで着替え始めた。


 終電が到着する時間より少し前に駅に着いた総士は、改札の前で待機する。海辺のちいさな駅は、ふだんは観光客で賑わっているが、この時間にはしんと静まり帰っている。残るは終電のみだから、ホームで待っている客もほぼいない。
 厚着をしてきたとは言え、真冬の駅は冷える。一騎が帰って来たらふたりで一緒に風呂に浸かろう、などと考えていると、入線のメロディが流れ出した。きぃきぃと音を立てて入ってくる見慣れた車両にも、あまり人は乗っていない。当然、降りてくる人も片手で数えられる程度で、そのなかに、一騎がいた。

「一騎」

 軽く手を振ると、一騎はぱっと顔を輝かせて、足早に改札を出てくる。そして。

「そうし、むかえにきてくれて、ありがとう、だいすき」
「は」

 ぎゅう、と総士を抱きしめた一騎が、火照った頬を総士の頬にすりよせて、固まっている総士をよそに、ちゅ、と、音を立てて口づける。
 ――誰だ、これは。

「そうし、かわいい、きょうもきれいだな、あったかい……」
「――……、ま、待て! 待て、だ、一騎!」
「もご」

 尚も口づけを重ねようとしてきた一騎の口を手でふさぐと、なんで、と言いたげに一騎の眉が下がった。お預けを食らった仔犬のようである。

「一騎、いいか、ここはまだ駅だ。公衆の面前だ」
「だれもいないじゃないか」

 明らかに酔っぱらって判断能力が鈍っているくせに、どうして周りの状況はちゃんと把握しているのだろうか。一騎と同時に降りてきた客はすでにとっとと帰路についていて、もう誰もいない。窓口も閉まっている時間だ。ふたりを見ているとすれば監視カメラくらいだろう。――だがしかし。だがしかし、だ。

「……それは、そうだが、まだ家じゃな、」
「そうし」

 そういうまじめなところもすき、と、一騎がふにゃふにゃの甘い声で言って、総士の頬を引き寄せる。今度は待てと言う間もなく、くちびるが重なる。

「ん……っ、ぅ、ぁ、かず、っん……」
「……ん、そうし、くちのなか、あつい」
「お、お前……」
「そうし、あかくなってる。かわいい」

 抱きしめてくる腕の力はゆるんだものの、頬を愛しげにさすっては、ちゅ、ちゅ、と頬だのこめかみだのにくちびるを押し付けてくる。「はやくあいたかった。そうしあったかい」と緩みきった顔でささやきながら鼻先をこすりつけて懐いてくるのが、正直、とてもかわいくて、邪険に突き離せない自分も自分だ。酔っぱらうと、一騎は甘え上戸になるのか。よくわかった。わかって良かった。これは、自分の前だけにさせておかねばなるまい。

「そうし、そうし……」
「わかった、わかったから、一騎、帰ろう」
「んー……」

 一ミリでも離れるのは嫌だ、まだ足りない、と言いたげに一騎がぐずるので、総士は仕方がないと息を吐き、くんくん鼻を鳴らす仔犬みたいな一騎のくちびるに、みずから口づける。アルコールのにおいがする咥内をひとしきりなぞって、まさか総士から仕掛けてくるとは思っていなかったらしい、ぽかんとした一騎の頬をゆったり撫でてやる。

「じょうずに、ちゃんと家まで帰れたら、お前が満足するまで甘やかしてやる」

 一体、自分のどこにこんなボキャブラリーが備わっていたのだろうかと思いつつ、総士は一息に言った。すると、途端、一騎は総士から離れて――そのかわりしっかりと手を握り、「かえる」と上機嫌に総士の手を引っ張る。
 はやく、はやく、かえろうそうし、と、尻尾が生えていたらぶんぶん振りそうな一騎についていきながら、さて、今夜一晩、このかわいらしい一騎をどうやって楽しもうか、と、総士はちょっと人の悪いことを、考えていた。



2022.12.18 文庫ページメーカー初出