ぼくと一騎と総士(お年玉編)

「まただ」

 む、と、そうしは手の中にある小ぶりの封筒を開いてつぶやいた。表に「お年玉」と書かれた白いそれは、一年のはじまりには必ずもらえる、見慣れたものである。そして、その中に入っていたものもまた、記憶にある限りは変わらない小さな長方形のカードだった。「図書カード」と左上に小さく記されたそれには、めでたい日本一の山の写真が写っている。めでたい。めでたいし、右下に記されている金額は昨年よりも千円ほどアップしている。だがそういうことではない。

「あ、金額は上がったんだな」

 背後からそうしの手元を覗き込んだ一騎が小さく笑いながら言って、そういう問題じゃない、と、そうしは一騎のほうへ顔を向けた。

「何でまた図書カードなの?もう僕だって中三になるのに!」
「なるからこそ、だ。それに、各所からいただいたお年玉はちゃんとお前の口座に入金済みだ。安心しろ」

 炬燵の向かい側で淡々と言った総士は、一騎が運んできたお雑煮を前に、いただきます、と、丁寧に手を合わせ、ふむ、と、興味深そうに赤い椀のなかをのぞいている。

「白いな」
「今年は京風にしてみたんだ。白味噌と里芋とだいこんとにんじん、あと丸餅。結構うまくできたと思うんだけど」
「いただこう」

 総士は一口汁を啜って、ぱちぱちと目を瞬かせたあと、無言で具を口に入れ始めた。一騎はそうしの分をテーブルの上に置きながら、よかった、などと微笑んでいる。総士は何も言っていないが、無言で黙々と食べているときは「特別においしい」ときの癖だ。一騎もそれをわかっているから、言葉での賛辞がなくても嬉しそうにしている。
 そうしは「美羽姉ちゃんだって中学生になったらもう手渡しでもらってたのに」とぶつくさ言いながら、目の前に用意された雑煮のいい匂いにつられ、箸を手に取る。箸はいつものものとは違い、梅の模様が水引で表された白い包みに入った祝い箸だ。一騎は普段の言動や考え方はわりと大ざっぱなのだが、食事に関してはマメで、季節の料理には殊更こだわっているところがある。それというのも、季節の催事に関しての知識は豊富でありながら、実際に生活するなかでは忙しさにかまけて素通りしてしまいがちな総士に、季節感というものを味わわせねば、という使命感に駆られたのが始まりらしい。らしい、というのは、その始まりがそうしが生まれるよりも前の話で、そうし自身は知らないからだ。
 そうしは一騎のつくるものは何でも好きだ。食材の好き嫌いは多少あるのだが、一騎が料理すると魔法でもかかったみたいに、苦手なものもおいしそうに見える。ちいさいころは、本当に魔法だと思っていた。総士はそうしより先にその味を知っていて、そうしよりも多く一騎のつくったものを食べている。それがそうしは少しばかり羨ましい。

「いただきます」
「どうぞ」

 そうしもしっかり手を合わせて、祝いごとのときにだけ出される朱漆椀を手に取った。白味噌のいいかおりがする。一口啜ると、甘めの味噌の味が広がって、何とも言えずにおいしかった。

「…おいしい」

 ほう、と息を吐きながら口に出すと、一騎がそうしを見ながら、ふにゃりと頬を緩める。

「お前ほんとうにおいしそうに食べてくれるよなぁ」
「…だって、おいしいもん」

 少し照れくさくなって、ぱくぱくと具を放り込みながら視線を逸らす。一騎の笑った顔がそうしは好きだった。一騎の顔に浮かぶ感情には嘘がひとつもなくて、そうしや総士に対する信頼や愛情がまっすぐに伝わってくる。
 すると無言で椀の中を空っぽにした総士が、「僕も本当においしいと思っているからな」と慌てたように口にした。言葉に出していなかったことにようやく気付いたらしい。空っぽの椀を見れば、そんなことはわかるのに。総士とそうしの見た目はよく似ているけれど、そういうところはちょっと違う。そうしは思ったことを口に出すタイプで、総士は真逆だった。それでもそうしの知らない頃に言葉の足りなさで一騎とすれ違ったことがあるらしく、以降は、総士もなるべく思っていることは口にしようと努力をしているらしかった。

「言わなくてもわかってるよ」

 ふは、と、一騎はおもしろそうに笑って、「あ、でも、これは美味い」と自分で自分の雑煮に舌鼓を打っている。それを見て、総士とそうしは同時にちょっと頬を緩めた。
 窓の外は大寒波のあおりを受けてちらちらと雪が舞っているけれど、それも、暖かな炬燵のなかから、雑煮をすすりながら見れば、風情のある良い景色だ。ここにはぬくもりがあって、おいしいものがあって、たいせつなひとの笑顔がある。

「なぁ総士、来年はもうお金を渡してやってもいいんじゃないのか」
「……要検討だ」
「一騎ぃ、総士に言ったって無駄だって」

 そうは言いつつも、来年こそは絶対に図書カードのお年玉からは卒業してやる、と、そうしは心に決める。
けれども実は、図書カードで買う本を総士が本屋で一緒に選んでくれる時間も嫌いじゃないと思っていることは、絶対に内緒にしておこう、と、そうしは思うのだった。


2019.01.13 インテ無配初出
まだ総士くんの口調がわからなかった頃に書いているので若干キャラが違います