春がぼくらを絞めつける
ひとは太陽のひかりを浴びないと、生きていけないいきものらしい。
日照時間の少ない冬にからだが動かしづらかったり、こころが沈んでしまうのは、太陽のひかりを浴びる時間が少ないからだ、と、いつか保健室の壁に貼ってあったほけんだよりで読んだことがある。それならばきっと自分は、そういう、ふつうのひととしての感覚とはちがうものを持っている「はずれ」なんだと、一騎はおもう。
「はずれ」ではないひとたちは、冬が終わるのを喜ばしく感じるのだろう。あたたかくなって、外に出るのがたのしくなって、こころが浮きたつ。それがきっとふつうで、あたりまえで、ほころんでゆく花のつぼみを見て「いつ、お花見できるかなぁ」と言った真矢の横顔があまりにもその世界にはお似合いで、あまりにも自分からは、遠い。
「一騎くんも一緒に、行かない?」
やわらかくあまい声音には、こちらに強いるひびきはひとつもなかった。「行こう」ではなく「行かない?」と問う真矢のことばには、一騎がうなずかないことを前提としているようなところがあった。彼女の予想どおり「…ごめん、俺は、ちょっと」と返せば、「そっか」とすこし眉のはしっこを下げて残念そうな表情になる。それでも、そこに一騎を責めるような色はまったく見えず、それに安堵し、そんな自分がいやになった。
「翔子のうちに行くから、またね」
手を振って去っていく真矢に軽く手を振り返し、自転車を押す彼女のうしろ姿が道のむこうへ消えるまで見送ってから、長い階段に足をかけた。人並み外れている、と、評される脚力で駆けあがれば、一瞬で家は目の前に迫る。ほとんど家の玄関のように使っている器屋の戸を開け、「ただいま」とつぶやいてみるが、人の気配はない。工房から音もしないので、史彦は出かけているらしい。
ほんとうに売れているのかわからない器作りを生業としている史彦は、一日のほとんどを家のなかで過ごしている――はずだ。実際のところ、一騎が学校へ行っているあいだ、父がどう過ごしているのか一騎はあまり知らない。
そんな史彦が家を空けるときは、きまって、この島の町長であり学校の校長でもある、皆城公蔵の家に呼ばれたときだった。
かつては一騎もよく、連れて行かれたものだった。そして、そこで彼と――総士と、多くの時を過ごしていた。
総士。
ざぁ、と、風が吹いた。強い風だ。思わず一騎は身を震わせ、背後で開けたままだった戸を閉める。何も思わない、何も考えない。足早に工房の奥の階段をのぼり、自室に入って鞄を畳の上に投げ出した。十日ほどの休暇を与えられたそのなかには、「春休みの課題」として出されたわずかなプリントと、もう使うことはないであろう、一年間をただやり過ごすために開き続けた教科書が入っている。
一年が終わった。
終わっても、なにもかもが終わってしまったわけではない。
執行猶予だ。
次にはじまるまでの、ほんのすこしだけの、なにもない時間。
春のにおいがしている。
ふわりと白いカーテンが揺れた。おそらく一騎が学校へ行ったあとに、史彦がすこしだけ窓を開けたのだろう。まだ茜色になるには早い、白い太陽のひざしがガラスをとおって畳の上にきらきらと落ちている。
ああ、どうして、こんなにせかいはきれいなんだろう。
「はずれ」てしまった自分は、そのひかりに映されることさえも、苦しいのに。
またね、と言った真矢の声がよみがえる。
その日がくることがこんなにもおそろしいのに、春のあたたかさのなか、あのやわらかなひざしの下に揺れる亜麻色に、どうしようもなく目を惹かれてしまうのが、わかっていた。
凍てつく春に、それでも、自分はあの色を探してしまう。
いなくなってしまいたい、と、そう思い、「いる」ことを、くるおしいほどに感じるために。
2019.03.23 文庫ページメーカー初出
鬱屈とした時期の一騎書くのもすきです