十二月二十六日
うすく開いたくちびるのあいだから、かすかに呼吸の音が聞こえる。すぅ、すぅ、と規則正しく、ゆったりとしたそれは、気をゆるめて穏やかな眠りのなかにいるあかしだった。間近に聞こえるそれに耳をすませ、一騎は目を細める。腹のなか、胸のしたあたりがぎゅうと熱くなって、喉元までこみあげてくるのは、なんだろう。かなしいわけでも、さみしいわけでもないのに、切ないような、くるしいような、言い表しようのない感情が湧き上がってくる。それが、とめどなく溢れてもはや言葉の枠を越えてしまった愛しさなのだと気づいたのは、おなじような、いつかの朝だった。
目の前の白い頬にかかる亜麻色の髪をそっとはらい、一条の傷がはしるそこを撫でさする。あたたかい。一騎の家と違って暖房がほどよくかけられた総士の部屋は、冬の早朝でも総士の頬を冷やしてしまうことはない。薄く色の違う傷痕と、赤く腫れたようになっている目元を指先でなぞると「ん……」と総士がわずかに身じろいだ。
総士が年末進行だなどと言って仕事を詰めていたのは、ほんとうはこの休みのためなのだと、一騎は知っている。
クリスマスの二日間、どうしても多忙で休むことのできない一一騎と、年末年始の夜勤を買って出ている総士が唯一合わせて連休を取ることができるのは二十六日から二十九日の間である。年末年始に働くのだからと二十六日から三連休をもらった総士は、真っ先に一騎に報告に来てくれた。「それって、一緒に過ごそうってことが」などと真正面から素直に訊いてしまった一騎の言葉で、総士も初めて自分がそのつもりで一騎に報告に来たのだと自覚したらしく、「そ、そういうことでは……、いや…………そういう……ことだ……」と狼狽えながら頷いた。それがあんまり可愛かったので、一騎はその場で抱きしめてしまいたい衝動を抑え込みつつ、一も二もなく休みを調整したのであった。
クリスマス当日の昨日はふだんより遅くまで店を開けていたから、一騎が総士の部屋にたどり着いたのは日付が変わってしまってからだった。けれど、総士は起きて待っていてくれて、余りもののクリスマスケーキを一緒に食べて、眠いと言いながら久しぶりの体温が恋しくてじゃれているうちにそういう流れになって、眠りについたのは朝方近くになってからだったと思う。
総士は事が終わるとすぐに寝入ってしまったものの、一騎が抱えてシャワーを浴びさせたから、髪からはほんのりジャンプーの清潔であまい匂いがする。
「そうし」
きっと疲れているだろうから、まだ眠っていて欲しい。けれど、目の前の存在への愛しさがあふれて、そこにいることが嬉しくて、口から勝手に声がこぼれてしまう。
「そうし」
いつかどこかで生まれた神様の誕生日も楽しくて嫌いではないけれど、もうすぐやってくる一騎のかみさまの誕生日のほうが、一騎には奇跡みたいだと思える。十九年前のこの日には、まだ総士はこの世界で声を発してもいなかった。一騎はこの世界で、総士が生まれてくれるのを待っていた。
もうすぐ。もうすぐだよ、総士。
「明日が待ち遠しいな」
目覚めたばかりで明日のことを考えるなんて気が早いかもしれないけれど、一騎は心地良さそうに口元をゆるめて寝息をこぼす総士の額に頬をすりよせて、しあわせなきもちで、目を閉じた。
2019.12.26 文庫ページメーカー初出
対となる一騎誕の話を書いて、こちらも加筆修正し、寝起きアンソロに一緒に収録しました