ぬいぐるみのふたり
「ぼくはぜったい、お前とおなじ箱に入るなんていやだからな!」
ぬいぐるみになったから、ちいさくちいさく分割されたたましいの記憶は、もしかしたら出逢い直す前に戻っているのだろうかという期待が最初に裏切られてしまい、一騎は他人からではわからない程度に肩を落としました。いえ、心のなかではとてもとてもがっかりしたのですが、落とすほど肩に可動域が設けられていなかったのです。
総士は一騎とおなじ箱に入るのをひどくいやがりましたが、自分たちはぬいぐるみであり、これから正式な手続きを踏んだ購入者のもとへ輸送されるのですから、いやがったって別々にはしてくれません。なにせふたり一緒に所有したいという人が多いうえに、何組も頼む人もいるのです。一騎が見かけた他の箱の前では、三人の総士が三人の一騎に「いやだ!」と各々叫ぶ始末でした。あれは結構つらそうだな、と、他人事のように一騎は思いました。
さて、とうとう嫌々ながら一騎とおなじ箱に詰められた総士は、できるだけ一騎から距離を取りたいらしく、すみっこへ身を寄せました。そんなに壁に張り付いたらガタガタと振動が伝わって輸送酔いするのではないかと一騎は心配です。しかし顔も見たくないと思われているだろう自分が、それを口にしても、総士は意固地になるだけでしょう。何も言わずに、一騎は自分も反対の壁に身を寄せました。
がたごとと運ばれる音と振動が立て続けにふたりを襲い、どすん、と、どこかへ載せられたとたん、あたりは静かになりました。隙間からこぼれてきていた光もなくなり、暗闇と静寂の世界が広がります。間もなく、鈍い振動と何かをふかす音がしました。倉庫を出発したのです。
耳を澄ますと壁越しにかすかに、あちこちで、各々の箱のなかでやり取りするべつの一騎や総士の声が聞こえてきます。ほとんどは穏やかなやりとりではありません。
そんなに喋っていたら、購入者のもとへ届く前に電池切れしてしまうのではないか、と、一騎は他人事ながら心配になりました。そして、こちらの総士は静かになったな、と思いながら視線を動かすと、彼はうとうとと今にも眠ってしまいそうな顔をしていました。叫びつかれたのかもしれません。
ちらちらと横目でうかがっていると、ついに、総士のからだがふらりと倒れそうになりました。それを見た一騎は、つい、条件反射で、彼が頭をうちつけてしまわないようにそのからだを受け止めてしまったのです。
ぬいぐるみの手や足の可動域は広くないので、からだの横で総士を受けとめるような形になりました。彼の体重が、ぐぐ、っと一騎にかかってきます。
――あ……。
一騎は、もたれる彼の重みが、分割されたたましいのなかに残る、抱き上げてはあやしていた幼子のそれとは全くちがうことに、目を瞠りました。今までもわかっていたはずなのに、ほんとうに成長して大きくなったのだな、と、改めて感じたのです。
すうすうと聞こえてくる寝息はとてもしずかで、穏やかです。望んではいけないのに、このままでいたい、と、思ってしまいました。
がたこと、がたこと、一騎と総士を載せた車は進みます。しばらくすると、幼い寝息のあとに、もうひとつ、穏やかな寝息が重なりました。
――着いた先で、毎晩おなじ布団で眠ることになるのを、まだこの一騎も総士も、想像すらしていませんでした。
2020.05.16 文庫ページメーカー初出
まわりみんなぬいが届いているのに、うちにはなかなか来なくて、いてもたってもいられず書いた話