だって、いちばんかわいい顔だった。

 総士も一騎も、酒に弱いほうではない。
 特に一騎は、飲めと言われればキリなく飲める性質だ。酔わないわけではなく、それなりの量を超えるとふわふわと思考が覚束なくなるけれど、記憶をとばしたり、体調が悪くなったりという、悪酔いをするほうでもない。一方の総士は、一騎に比べれば飲める酒の量は少ないが、一般的に見ればじゅうぶんに「飲める」ほうの人間だった。外で飲むときは、決して自分を失わないよう、ほろ酔い程度でとどめているから、そこまでの量を飲むとは周りに思われていない。だが、一騎と一緒に家で飲むときは別だった。
 誰よりも一騎に信頼をおき、また、誰よりも一騎に負けず嫌いを発揮する総士は、一騎が飲めば飲むだけ、つられるように飲む。総士も悪酔いをするほうではなかったし、どれだけ酔っていても自分の限界はわかっているようだったから、一騎はいつも、自分に追いつこうとやっきになる総士を肴に飲むのがすきだった。


「かずき、もぅ、いいだろう」
「んー……、そーし、もーのめないのか?」
「むり、ら」

 くたりと凭れかかってきたからだは熱かった。呂律のまわっていない声に、一騎は思わず笑ってしまう。
 テーブルのうえには、ていねいに揃えて寄せられた空き缶がいくつもあり、すこし前に開けたはずのワインボトルには、底のほうに深い色の液体がとどまっているばかりである。ふたりで何時間飲んでいるのか。もう、時計もあまりよく読めないけれど、相当飲んだことは確かだった。明日が休みだからと羽目を外し過ぎた感はある。総士がさきほどまで手にしていたグラスは半分ほどしか減っていないが、もう限界なのだろう。一騎は自分のグラスの、残りわずかなワインを飲み干して、手近にあったミネラルウオーターのペットボトルを開けた。

「そーし、みず、のむか?」
「ん……」

 ゆったりと顔を上げた総士が、もの欲しげに一騎を見つめて、うっすらとくちびるを開けた。自分で飲む気がないらしい。ふだんであれば、総士からこんなふうにねだってくるなんて、と歓喜するところだったけれども、一騎もすでにまともな思考回路を形成できる状態ではなく、「なまけものだなぁ」と言いながら水を自分の口にふくんだ。そのまま、待ちかねるように開いている総士のくちびるへ自分のそれを重ねて、水を流しこむ。こくん、と、総士の喉が水を飲み込む音を聞きながら、そのままちゅう、とくちびるを吸うと、総士もおなじように返してきた。ふに、ふに、と、ただくちびるをくっつけあって、それがおかしくて、くちびるの間でくすくすと笑いがこぼれる。

「かずき」
「うん」
「きもち、いい」
「おれも」

 ずっとこうしていたいと思うくらい、ゆるやかで、ささやかな触れあいに、胸がいっぱいになった。アルコールで熱くなった総士のからだを抱きしめて、解けかけている髪の毛をくしゃくしゃと乱しながら撫でる。

「そうしのかみ、やわらかい」
「く、くすぐったい、かずき……っ」
「ふふ……」

 指がうなじから首筋へ触れて、総士がひくりと肩をすくめた。かわいい、かわいいなぁ、と、そればかりあたまのなかへ浮かんで、一騎は総士の肩口に頬を寄せてへらへらと笑う。

「そーし、あったかい、……かわいい、すき」
「……ぼくも、かずき」

 すきだぞ、と、そうちいさく、ちいさく耳元でささやかれて、頬はかたちをなくしそうなくらいに、ふにゃふにゃになる。「そぉ~し~」と感極まってぐりぐり肩に顔を押し付けると、「ばか、いたい」と、ぜんぜん痛がってなどいない笑い声がする。しあわせだなぁと思って、この瞬間を、どうにか残しておきたいなぁ、と、ふわふわの頭で一騎は考えた。――そうだ、撮ればいいのだ。
 まともに物事を考えられる脳ではなくなっているにもかかわらず、それだけはピンときて、一騎はごそごそと床の上に手を這わせた。数時間前に放り投げたままのスマートフォンを発見し、手に取る。

「そーし、なぁ、しゃしん、とろ」
「……どうするき、ら」
「ふたりで、いえで、とること、ないだろ」
「んー……」

 理由に納得がいかないのか、髪の毛をあちこち跳ねさせて、頬を真っ赤に染めた総士は、不満そうに口を噤んで唸っている。が、もうたいして物事を考えられないのだろう。なげやりに、「しかたがない」と言って、一騎の隣にぴたりとくっついた。そういえば、自撮りなんてしたことがない。「どうやるんだっけ」と総士を見ると、呆れたように「しらないのか」と言いながら、一騎からスマートフォンを奪った。一騎が嫉妬するほどに電子機器とあいしあっている指先は、酔っぱらっていても慣性で動くらしい。「ほら」と、自撮り用の画面になったものを差し出してきた。

「そーし、もっと、こっちよって」
「ん……、」
「はは……、かわいい、まっかだ」
「おまえも、ひとのこと、いえないらろ」

 もう何言ってるのかわかんないよ、と、自分も呂律のまわっていない口調で言いながら、一騎はカシャリと撮影ボタンを押した。ちゃんと撮れたのか確認して、総士にも見せてやる。「ちゃんとおくってくれ」と言うので、総士のスマートフォンにメッセージアプリで送信してやった。すぐに既読がついて、「ありがとう」と総士が言ったので、まちがった宛先に送るようなへまはしなかったらしい。
 総士は写真を開き、ふにゃ、と、頬を緩ませた。

「ぼくの、かずき」

 かわいいな、と、画面を見ながら言うのが癪だ。そっちを見なくっても、目の前に本物がいるだろう。本物の、総士の一騎が。

「そーし」
「ん、ぁ、う」

 総士の頭を引き寄せて、がぶりとくちびるに噛みつく。さきほどの、触れあうだけとはちがう、深いくちづけに総士が息を乱した。喉の奥で鳴くこえが聞こえる。それも飲み込むようにくちづけて、満足してから解放すると、ふたりともに息も絶え絶えだった。すっかりちからの抜けた総士のからだを抱いたまま、うしろに転がる。床は硬くて痛いけれど、もう、指いっぽん動かせる気がしない。

「かぅ、き、……ねむ、い……」
「ん……おれ、もぉ……」

 言いながら、すぐそばにあるくちびるに、ふに、ふに、と、互いにふれあう。やわらかくて、あたたかくって、そのまま、ふたりは知らぬ間に眠りに落ちていた。


 ――翌朝、硬い床のうえで目覚めたふたりは、互いにしっかりと記憶が残っていることを確認したあと、慌ててスマートフォンを開いた。なぜかしっかり待ち受けに設定されていた写真を目にして、お互い「絶対消せよ!」「お前もだ!」と言いあったが――それを、共に消さずに残していたことを知るのは、すこしだけ先のことである。



2020.06.07 文庫ページメーカー初出
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