続・寒がりと甘やかしたがり
総士が最近、変だ。
いや、変、という言い方は乱暴かもしれない。なんというか――ものすごく一騎を構いたがる、のだ。
最初のうちは、寒くなったからかな、と思っていた。総士はどちらかと言えば寒さに弱い。幼いころの総士は活発に動き回る一騎とちがい、部屋のなかで本をよみふけるほうが好きなタイプだったし、今も、適温に調整されたアルヴィス内からなかなか出たがらない。
だから、人のいない所で一騎の手を握って楽しそうにしていたり、一騎の頭を撫でて満足そうにしていたり、ともに眠るときに一騎を腕にとじこめて、こどもを寝かしつけるようにやさしく背なを叩いてきたり、それらすべては、冬だからだろう、と、思い込もうとしていた。
だが、どうにも、それだけでは説明できない気がしてきた。
今日とて、ランチタイムが終わり、閉店の札をさげた楽園のなかでふたりきりになると、洗い物を終えた一騎に自分の隣へ座るように促して、水にさらされたばかりで冷たくなっているはずの手を取った。そして、何度かやさしく撫でたかと思うと、おそらく私物であろうハンドクリームを塗り始めたのである。総士の手にではない。一騎の手に、である。
ふわりと、やさしい、石けんのような香りがする。総士はこういう香りが好きなんだろうか。――いや、そこではなくて。
「なんだよ、急に……」
「荒れている。水仕事をするのだから当たり前だが、赤切れにならないように保湿はこまめにするべきだ」
お前の手が傷つくのは見ていられない、とつぶやいた総士は、ほんとうに、こわれものみたいに、一騎の手にやさしく触れて、指の先までていねいにハンドクリームをのばしていく。振りほどくことなどできるはずもなく、一騎はくすぐったさを堪えて、自分の手を這う総士の白い手を見つめる。
「……なぁ、お前、なんで……」
「ん?」
ふと、上げられた総士の顔が、思ったよりも近くにあった。ミルクティーのような色をした前髪が、ぱちりと瞬く、夜明けの色をしたひとみにかかっている。きれいだな、と、思って、そのまま顔を近づけて、あたりまえのように、そのくちびるにキスをしていた。一騎の手が荒れていると言うけれど、総士のくちびるもかさついている。まぁ、それは一騎も同じだ。これはお互い、リップクリームくらい持っておいたほうがいいかもしれない。総士のくちびるが切れるのはいやだ。
「……なんだ?」
今度は、総士が一騎に問いかけた。白い頬がすこし赤い。照れてるのか、かわいいな、と、思った。自分から触れるぶんには大胆になるくせに、一騎のほうから触れると、総士はすぐに恥ずかしがって、それを誤魔化そうと、拗ねたような態度をとるのだ。
「なんとなく」
「……お前はいつも唐突だ」
「総士もだろ。最近……こうやって、なんか……突然、俺に構ってくるし」
一騎の言葉に、総士はひとつ目をまたたかせ、戸惑うような表情になった。
「……嫌か?」
きゅ、と、一騎の手を握る総士の指にすこしだけ、力がこもる。総士の行動を不快に思ったり、否定したりするつもりはなかったので、一騎は慌てて首を横に振った。
「嫌じゃない。全然。そうじゃないけど、……ただ、なんでかなって……」
総士はほっとした表情を見せたあと、一騎の手を自分の手で包み込むようにして、ふと頬を緩ませる。
「いつも、お前が、僕にそうするように、お前をだいじにしたい。前からきっとそうだった。ただ、その……最近特に、行動に移すようになったというだけで……、かずき?」
「……」
だいじにしたい、という言葉が、一騎のなかを突き抜けた。
だいじにしたい。
総士が、一騎を。
――なんだろう。すごく、嬉しい。嬉しいのに、それはとてつもなく――甘ったるくて、一騎の許容量を一気にオーバーしてしまった。かっかっと耳まで赤くなる。
「え……、えぇ……、ええぇ……」
「な、なんだ!お前だっていつも僕にするだろう!」
何がおかしいのかと憤る総士も真っ赤になっていた。さっきまで平然と、ほほえんで、だいじにしたい、なんて、言っていたくせに。
握っている手に、ぎゅうぅ、と、互いに力がこもる。あつい。さっきより、石けんの香りが強くなった気がする。
ちらりと視線をあげると、総士のひとみとぶつかった。目じりは羞恥で赤くなっている。一騎もきっとそうだろう。
こつん、と、額がぶつかりあった。どちらが先に近づいたのかはわからない。そのまま、また、くちびるがふれあう。
ふは、と、こぼれた笑みは、おそらく同時だった。
2020.12.04 文庫ページメーカー初出
一騎甘やかしたい欲がおさまらなかったので続きを書きました