あまくしびれる


 総士のくちびるは、ほかのどんなものより、中毒性がある、と、一騎は思う。
 見た目よりもふっくらしていて、弾力があって、空調の影響で乾燥しがちだと言ってリップクリープを塗っているから、指先で触れるとしっとりしている。かぶりついたら、みずみずしい果物みたいに、甘い果汁がにじみ出てきそうだ。けれど、それもなんだかもったいないような気がして、感触を楽しむように、親指の先で下唇の端から端までゆっくりなぞる。もうすこし。もうすこしだけ。そう思いながら繰り返し触れていると、わずかばかり、くちびるが開いて、もどかしそうな吐息がこぼされた。吐息は熱くしめっていて、一騎は思わずごくりと喉を鳴らす。

「……かずき」

 いつまでそうしている気なのかと、咎めるような声がする。見下ろした先にある総士のひとみはとろんとして、眠そうだ。
 真壁家の居間にはふたりしかいない。ちゃぶ台の上には、さきほどまで食べていた夕飯の素麺が少しばかり残されていた。まだ夏は先だというのに、今日はとても暑い一日だった。昼に楽園に訪れた総士が「さっぱりしたものを食べたい」とつぶやいたので、「晩飯、素麺にするからうちに来いよ」と一騎から誘ったのだった。躊躇うことも、遠慮することさえなく、まるで一家の一員のように真壁家にいることになじんだ総士を見るのが、一騎はとてもすきだ。
 満足そうに素麺を食べて、腹がいっぱいになってうとうとし始めた総士に横になるようにすすめると、「食事の直後に寝るのはよくない」と言いつつ、座布団を枕にしてころがってくれた。素直でいいことである。史彦がまだ帰宅していない、ということも、総士の気を抜かせたのだろう。
 バイオリズムの影響で強い眠気に襲われる総士が、無防備にそのすがたをさらすのは、基本的には一騎の前だけだ。それを知っているから、ふたりきりのときには積極的に、あまやかして、休ませたくなる。
 そうして横になって軽い寝息をたてはじめた総士を見つめていたら、そのふっくらとしたくちびるに視線が吸い寄せられてしまって、そういえば今日は一度もキスをしていない、なんて考えてしまって――そして、気づけば指先で触れていた。
 一騎は、総士とキスをするのがすきだ。手をつなぐのも、抱きしめて体温を感じるのもすきだけれど、島に帰ってきてから、以前よりもずっとやさしく緩むことが多くなったそのくちびるにふれて、総士がきもちよさそうに身を預けてくれるのが、たまらない。あの総士が、いつも気を張って、意固地になって、本心とは裏腹の言葉を吐いて、孤独のなかで背筋を伸ばしていなければならなかった総士が、一騎が触れて、撫でて、キスをすると、からだを弛緩させて、甘えることを自分にゆるす。たぶん、総士にとって、一騎のキスはそういうスイッチなのだと思う。――だからなのか、こうして、うとうとまどろんでいる時に触れられるのが、いっとう総士はすきなのだ、と、一騎は感じている。

「総士」
「ん……」

 じれったそうに待っている総士のくちびるを、一騎は自分のそれで食むようにふさぐ。厚みのある、ふにふにとした感触が、きもちいい。下唇と上唇をそれぞれ啄んでみたり、ちゅう、と吸いあげたり、あおむけになった総士に覆いかぶさりながら、角度を変えて何度も繰り返すと、総士がきもちよさそうにうっとりと目を細めた。まどろみのなかでの触れ合いはやさしくて、ずっとこのくちびるを離したくないと思ってしまう。
 しばらくすると、総士が重たそうに腕を上げて、一騎の後頭部に手をまわした。まるで、よくできましたと褒めるように髪を撫でてくるいたずらな手は、眠たいせいか動きが鈍くてくすぐったい。やり返すように、総士の後頭部と座布団のあいだに手をさしいれ、触り心地のよい髪を梳きながら、うなじの部分をくすぐるように撫でると、重ねたくちびるのあいだで総士が「んぁ……」と、甘い声をあげた。その声に腰のあたりが重くなりそうな予感がして、これ以上いたずらをするとキスだけではやめられなくなってしまうと思い、いったんくちびるを離す。
 はふ、と息を吐く総士のひとみはとろけて、目元が赤く染まっていた。「やめるか?」と問うと、ふるふる首を横にふるので、くちびるのあいだからのぞく赤い舌に誘われるようにもういちど口づけて、今度は舌を挿し入れた。眠いのは眠いのだろうが、まだ総士も離れがたいようで、積極的に舌をからめてくる。あんまり煽るとやめられなくなるし、いつ史彦が帰ってくるかもわからないので、一騎は加減しようと思うのだけれど、眠いせいか、気が緩みきっているのか、総士のほうは、夢中で一騎の咥内を探ってくる。

「ん……っ、ん、んぅ……」
「は、そ、ぉし、」

 だめだって、と、言いたいけれど、ちゅうちゅうとくちびるに吸い付いてくるのがかわいくて、一騎も、もうやめどきがわからない。徐々に緩慢になってきた総士の舌に軽く歯を立てると、びくりと総士の肩が跳ねる。そのまま今度は一騎のほうが主導権を握って、総士の熱くなった咥内をぞんぶんに探った。つるつるした総士のきれいな歯列をなぞり、ざらりとした上顎をくすぐって、力の抜けた舌を吸えば、総士は腕を畳のうえに力なく放り出して、くたりとからだを弛緩させる。そろそろ限界だろうかとくちびるを離すと、総士はもうほとんど開いていないひとみで、うっとり一騎を見上げた。

「……ねむたい?」
「……」

 こくりと総士がうなずいて、ひとみを閉じる。ここまで盛り上がっておいて――とは、一騎は思わない。火照ったからだを落ち着かせるように、一騎は総士の隣に横になって、くたくたのからだを抱き寄せる。煽るのではなく、あやすように、くちびるを軽く啄みながら背中を撫でていると、徐々に総士の呼吸は落ち着いて、すぅすぅと穏やかな寝息を吐き出した。この状況で寝ちゃうんだな、と、ちょっと笑ってしまうけれど、なによりも、かわいくて愛しくて、うれしい。
 一騎とのキスでなければ、総士は、こうはならない。
 きもちよくなって、安心して、からだじゅうから力が抜けて、そうして眠る総士は、どんなときよりも無防備でしあわせそうな寝顔を見せる。
 一騎にだけ見せる顔。一騎にだけ寄せられる、全幅の信頼。
 それは一騎のこころを甘く痺れさせて、たまらなくさせる。何があってもこれさえあれば、じゅうぶんだと、そう思えるくらいに。

「……おやすみ、総士」

 穏やかにほほえむ寝顔にちいさくつぶやいて、一騎もそっと目を閉じた。



2023.05.23
キスの日も5年目!達成!ねむねむちゅっちゅしていそうなBTL軸かわいいね。