ずっと、空を見ていられたのなら



「美羽は、ここにいたくないのかな」
 昼下がりの楽園のなかに、ぽつん、と言葉がおちた。
 厨房でランチを作っている甲洋からは、カウンターのテーブルに寄りかかって外を見ている操の、横顔が見える。窓の外には大粒の雪が舞っていて、海神島では過去最高の積雪となっていた。
 雪は、音を吸収する。島の周りにはフェストゥムの群れがいて、空には赤い月が禍々しいひかりを放ち、今にも島を呑み込もうとしているのに、店内は穏やかな静寂のなかにあった。
 甲洋は、操の言葉に特に返事をしないまま、ほうれん草とベーコンを炒めておいたフライパンに、茹で上がったパスタを入れて絡めると、塩胡椒で味をととのえてから、ふたつの器にそれぞれ盛った。今日は一騎がいないから、甲洋と操のふたりぶんだ。店は休業中で、客は来ない。
 オレンジジュースとパスタを操の前に置き、その隣に、自分の分の器と珈琲を置いて、席につく。
「冷める前に食べなよ」
「さっきの答えは?」
「それは、美羽ちゃんにしかわからないよ」
 ほら、前向いて、と、甲洋が言えば、操はくるりと向きを変え、きちんと手を合わせて「いただきます」と言った。
 操と甲洋のからだの組成は、厳密に言えば異なるが、似ている部分が多い。ふたりとも、腹は空かないし、食事をしなくても存在を維持できる。けれど、甲洋は人として暮らしていた時間の名残で、そして操は、単に美味しくて楽しいから、食事をする。
 睡眠や食事がなくても生きていけるという意味では、島の人々よりも強い。どんな環境にも耐え得るということだからだ。力を行使する代償はあれど、同化現象も関係ない。だからファフナーに乗り続けられる。――そのかわり、いつ終わりがくるのか、自分では決められない。
 操は、自分のいのちの終わりが近いことを知っている。予期した当初はかなしくてこわくてさみしいと泣いていたけれど、最近は落ち着いている――ように、見える。しかし、先日の戦闘を見れば、本当は、そうではないのだと思う。いのちが短いことを知っているからなおさら、守らなきゃ、と、必死になっている。

 ――いのちがあるうちに、動けるうちに、だいすきなお母さんを、守らなきゃ。

 こころを読まなくても、甲洋にも一騎にも、それは伝わってきた。身に覚えがあるから、なおさら。
 ちらりと隣に視線を向けると、操はもぐもぐと美味しそうにパスタを頬張って、目を細める。
「一騎のごはんも好きだけど、甲洋のごはんも好きだな。でも、いちばんは、お母さんのごはん」
「……羽佐間先生には勝てないよ」
 肩を竦めると、操はなぜか満足そうに笑って、足をぶらぶらと揺らす。操の言動はこどものそれだ。生まれてたった六年なのだから、当たり前だ。
 数週間、あるいは数ヶ月で去って行ったコアたちのことを考えれば、操は長く生きている。だけど、それでじゅうぶんなんて、だからよかったなんて、誰が言えるだろう。
 ――美羽は、ここにいたくないのかな。
 そうつぶやいた操は、たぶんもう、その答えを知っている。
 自分を犠牲にして何かを救おうとすることと、ここにいたいと願うことは、相反しない。たとえ自覚がないものであっても、だ。
 操は、美羽が何をしようとしているのか知っている。そしてそれを否定しない。一騎も、甲洋もだ。ミールの祝福によって生かされているふたりは、人々の選択に直接干渉しないし、ミールのいとし子が望むまま、行動する。誰に言われたわけでもなく、このからだを得たときから、そうなのだと理解した。
けれど、操も一騎も、甲洋も、美羽がいなくなっていいなんて、思っていない。自分たちには見えない未来、辿りつけない場所で、美羽が生きられる選択が、あればいい。そして。
 ――来主にも、そんな未来があればよかった。
 ここにいたいのだ。おとずれる死を予期していても、それを受け入れても、それでも操はここにいたいと思っている。犠牲になることを覚悟している美羽が、それでもなお、こころのどこかで、望んでいるのとおなじように――。
「――甲洋、優しいよね」
「え」
 顔を上げると、操がにこにこと甲洋を見ている。思考に沈んでいるうちに、もしや、こころのうちが、漏れていたのか。優先的に言葉で話をするように心がけてきたから、お互いに、こころは読まないようにしていた。それでも、ときどき、伝わってしまうことはある。
「いまのは、」
「お母さんも、一騎も甲洋も、僕に、いなくなってほしくないって、思ってくれてるの、わかるよ。だけど、なんでだろ、うれしいのに、かなしくて、このへんが、ぎゅってなるんだ」
 このへん、と、操がつかんだのは胸元だった。そこには、人を模した、かたちばかりの心臓があって、だけど、でも、彼の感じているきもちは、模倣でも、偽物でもない。彼が来主操として生きて、そして彼自身の手で得た、感情だ。
「これが、ここにいたい、ってきもちなんだ。ずっと前、前の〝僕〟は、一騎にここにいることを選び続けろって言われて、すごく苦しくて、うれしかった。僕にはその記憶はあるけど、僕自身のきもちじゃない。知ってはいるけど、わからなかった。いることのうれしさも、いなくなることの、こわさも。……でも、今なら全部、わかるよ。それって、僕が生きてるってことなんだね。空がきれいで、うれしいって思うのと同じなんだ。だから、それを教えてくれたきみたちにも、生きていてほしいって、思う」
「……やさしいのは、来主のほうだろ」
 思わずこぼれた言葉に、操が、きょとん、と、まるい目を瞬かせた。ふだんは操を諫めることが多い甲洋が、そんなふうに言うのが、意外なのだろう。だけどそれは、ずっと思っていたことだった。
 操は美羽やエメリーに望まれて、竜宮島のために戦ってきた。本来ならば同じ種であるフェストゥムたちを攻撃する側に回った。
 人を同化するために存在するのではなく、人とともにあろうと生まれたボレアリオスのミールのコア。その存在を受け入れ、自分たちの仲間としてともに暮らしながら、戦力と見なし、利用している――それもまた、客観的な事実だ。甲洋だけではなく、みなが、自覚している。操が拒まないのをよいことに、その力を、あてにしてきたということを。
 平和になったら食べてもいいと、そう約束した美羽だって、操を戦わせていることに、ずっと、罪悪感を抱いている。そもそも彼女は戦うことが嫌いなのだ。誰も傷つけたくないと思っている。相手が人類だろうと、フェストゥムだろうと、それは変わらない。暴力ではなく、気持ちを交わし、お互いをわかりあうことが、本来の彼女が望んでいることなのだ。だからこそ、操に戦いを強いたことを悔いている。それに頼らざるを得ないことも、もちろん、わかっていて――わかっているから、こそ。
「最初は本当に、美羽ちゃんとの約束のために、戦っていたんだろ。だけど今は、そうじゃない。来主は、ここで暮らして、大事だって思ったひとのために、戦っている。俺たちのことを、島のひとたちのことを、信頼して、自分の意志で、守りたいと思ってくれている」
 来主はとてもやさしいよ。
 そう告げると、操は、へへ、と照れくさそうに笑ってから、徐々に顔をうつむかせて、そのまま甲洋の胸元に頭をもたれかからせる。もしかして、どこか痛いのだろうか、気分が悪いのだろうかと思って一瞬焦ったが、ぱたぱたと零れるあたたかい滴が甲洋の膝のうえに落ちて、そうではないのだと察する。だからそのまま、操の背をゆっくりと、こどもをなだめるように撫でる。それしか、甲洋にはしてやれない。
「……きみたちの島のコアも、総士も、みんな、ここにいたいって、思ってた。美羽も、一騎も……、いなくなったひとたち、みんなも。僕も、いたい――ここにいたいよ」
「……ああ」
 頷くことはできても、ここにいさせてやると、そう言うことができない。その方法が、どこにも、ない。
皆城乙姫や織姫をいつくしみ、けれど見送るしかなかった総士や芹は、こんなきもちだったのだろうか。ミールがいのちを学ぶために、どうして彼らが犠牲にならなくてはならないのだろう。人間にだって、いろいろな寿命がある。それは自分ではどうにもままならない。人間もミールのこどもも、同じだろうと言われればそうなのかもしれない。けれど、だけど、どうして。
 疑問は不満や憤りとつながっている。どうにもならない現実を前にして、けれど、どうにかしたくて、なぜ、と、問う。かつての来主操もそうだった。どうして、どうしてきみたちは、なんで、いなくなっちゃうのに――。
ああそうだ、来主操という存在はずっと問いかけていた。わからなくて、わかりたくて、なぜ、どうして、と。
それならば、甲洋も問い続けよう。なぜ、どうして、お前がいなくならなくちゃいけないんだ。そうではない未来がくるまで、ずっと、ずっとずっと。憶えている。何度繰り返しても。ここにいたいと泣いたミールのこどものことを、憶えている。


        *


 北の夜空は、きんと冷えきって、澄んでいる。濃紺の深い空にまたたく星がうつくしい。海神島や竜宮島で見てきたそれともまた違う、今いる場所だからこそ、見られる星々。甲洋は地べたに座り込んだままそれを見上げ、大きく呼吸をする。
 かつて、奪われたこどもを探して、行きつく場所のわからない航路をすすんでいた時にも、頭上には星があった。けれど、それを「きれい」と無邪気に言っていたのは操だけで、甲洋も一騎も「そうだな」と返してはやれたけれど、本当に共感できていたわけではなかった。ただ星空をきれいだと思うには、空には人類にとっての脅威があり、そして、一騎にいたっては、きれいだと感じるこころすら、ほとんどすり減って残ってはいなかったから。
 しかし、今思えば、操はただ自分の感じることを口にしていただけでは、なかったのだろう。一騎が、空をきれいだと思えなくなることを、彼はきっと、誰より、かなしんでいた。だから、すこしでも、感じてほしかった――思い出してほしかったのだ。空がきれいだと最初に感じた、ひとりぼっちの来主操に、そうだな、と、そう応えてくれた一騎に。
「――甲洋、寒くないか?」
 空を見上げる視界に、星ではなく、またたく榛の瞳が映る。どうしてだろう。特別に容姿が似ている、というわけではないはずなのだが、きょとんとしたその顔が、ときどき、操のそれと重なる。「一騎と総士を見て自分のからだをつくったの」と操自身が言っていたから、そのせいなのかもしれない。それに――一騎の表情の変化が以前に増して豊かになってきたせいも、あるのかもしれなかった。
「珈琲いれてきたけど、飲むだろ」
「ああ、ありがとう」
 差し出されたステンレス製のマグカップを受け取ると、ふわりと珈琲の香ばしいにおいが鼻腔をくすぐる。
 二人で旅に出て数か月経つが、まだ不毛な大地の多い世界で、各地の人々の食糧を分けてもらうのもしのびなく、島から持ってきたわずかな食糧が尽きてからは、こうして珈琲を口にすることで食事という行為を賄うことも多い。生命維持という点では問題ないのだが、ときどきなんとも口寂しくなり、一騎とふたりで自生している植物を見つけると、試しに調理して食べてみることもある。
 人類の生存圏以外にある動植物は、フェストゥム因子の汚染を受けていて、ふつうの人間は食べられない――というのが定説であったが、アルタイルの影響によるものなのか、旅に出て以降出会うものに、汚染は全く見られない。
今後、人類が生存圏を拡大するうえで重要なデータになるかもしれないと思い、動植物の分布や、食用になるかどうかをまとめて、定期的に竜宮島に報告を上げている。甲洋としては研究データの報告といったていなのだが、返事をくれる容子からは「ふたりが楽しそうでよかったわ」などと言われる。――楽しそう、に、見えるのだろうか。
 今日は残念ながら、北極圏に近い北の大地で、何も見つけることはできなかった。新国連がかつて行ったトリプルプランのうち、シャッター作戦と呼ばれたフェストゥムの封じ込め――その際に作られた大きな防壁の、その手前に今日の野営地はあった。
 それでも、わずかだが、ちいさな草花は芽吹いている。かつてこの地に――あの長く苦しい行軍の途中でおとずれたという一騎は、冷たい風に揺れる淡いむらさきのちいさな花を見て、しばらくそこから動かなかった。
 甲洋は、彼らの長い旅路のことを知らない。記録として見たことはあっても、その苦しみを理解することはできない。ただ、あの総士ですら、心身ともに疲れ果てていたのを知っている。だから――だからあのとき、かつて人と対話し、島を守ってくれたコアが――来主操が現れたときの言い表せないほどのよろこび。決してこころを読もうとしたわけではなかったのに、あのとき総士から流れてきた感情を、甲洋は今も覚えている。
 総士が操に抱いていたそれは、まるで親が子を見るような――もしくは、兄が弟を見るようなものだった。きっと、総士からすれば、操も乙姫や織姫に近しい存在だったのだろう。
 甲洋も一騎もひとりっこで、きょうだいというものがわからない。わからないけれど、操に対して抱いていたものは、たぶん、限りなくそれに近い――つまり、家族というものに似ていたのだ、と、思う。
「甲洋、さっき、何か考えてたのか?」
 一騎が甲洋の隣に腰をおろして問いかける。お互いに余程の緊急事態でもない限り、思考は読まないことにしていた。だから、自然と会話が多くなる。不思議だった。こどものころから一騎とはよく一緒にいたけれど、今ほど話をしたことは、なかったかもしれない。
「来主にこの星空を見せたら、きれいだって喜ぶだろうなって。今なら俺も一騎も、それにこころから、共感できただろうなって、思ってた」
「……そうだな」
 そう応えた一騎の視線が星空へ向けられる。人類の脅威だった赤い月はすでになく、代わりに、生まれることを選んだ赤い星が――いのちの色が、幾千の星の海のなかでひときわ強く輝いている。
 しばらくそのままふたりで空を見上げていたが、ふと、一騎が口を開いた。
「……俺、今になって、思うんだ。もっと来主に、言えることがあったんじゃないか……、してやれることが、あったんじゃないかって」
「……ああ」
 いなくなることがこわい、ここにいたい、そう泣いた操の姿が甲洋のなかにはよみがえる。お前が逝くときは、俺たちがそばにいる、と、そう一騎は言った。確かに近くにはいた――いたけれど、あんな終わりを想像していたわけではなかった。
 一騎は空に向けた視線を、薄っすらと地面が暗闇のなかに浮かび上がるだけの、荒野の果てに向ける。
「久しぶりにこの場所に来て、思い出した。俺にはだれかを守るちからがあると思って島の外に出たけど、何万、何千人の人が死んだ。守れなかった。いのちの重みに差はなくて、誰もが守られるべきだって思っていた。……それなのに、ひとりでも多く生き残るために、ひとりを犠牲にすることを、選ばないといけなかった。もう二度とそんなのは嫌だって、確かにあのとき思っていたのに――でも、島に帰った俺が選んだのは、平和をつくることができる誰かを守るために、犠牲を受け入れることだったんだ。島のミールの祝福を受けてこのからだになって、俺は、俺たちは、美羽ちゃんや島のミールの選択に従う存在なんだとわかった。それから、総士がいなくなって、あの子を育てて、奪われて――その間ずっと、俺は、俺のこころがどこにあるのか、たぶん、わからなくなってて……、わからないことも、わからなかった」
「……今は、ちがうんだろ」
 幼かったはずのこどもに打ち負かされ、かつての総士が託した未来にたどりついて、一騎は明らかに変わった。諦念や焦燥があまり感じられなくなり、元来の穏やかさが前面に出るようになった。総士がここにいたら、きっと、うれしそうにほほえむのだろうと、そう思えるような変化だった。
「少しずつ……、祝福を受ける前の俺に戻るわけじゃないけど、俺はここにいるんだって、そう思うようになって、そうしたら、うれしいとか、たのしいとか、そう思うのと同じくらい、かなしくて、くるしいと思うことも増えた。来主たちが人間に出会って、人間のきもちを理解するって、たぶん、こういうことだったんだって、思う。知らなければ、感じなければ、生まれることも、いなくなることも、くるしくなかったのに……、それなのに、あいつは、あいつらは、選んでくれた。俺たちと話をして、俺たちの感情を知って、俺たちを守ってくれた。だけど、俺は、あいつに、なにもしてやれなかった」
「……俺だって、なにも、できなかったよ。ここにいたいって言うあいつに、いていいんだって――いてほしいって、言うこともできなかった」
 ただ、どうして、どうしてお前がいなくならなくちゃいけないんだと、そう問い続けることしかできない。今だって、そうだ。いつか遠くない未来に生まれてくる次のいのちを慈しみ見守ろうという気持ちとはべつに、いなくなった操に、何かできたのではないか、あのとき、手が届いていれば、守れていれば、少なくともあんな苦しくて痛い思いをさせなくてすんだはずなのに――最期に、きれいな空を、見せられたかも、しれなかったのに――そんな後悔は、ずっと消えない。
「憶えていることしか、できないよ。来主がいてくれたこと、してくれたこと、すきだったこと、きらいだったこと。……忘れないでいることしか、俺たちにはできない」
 どれだけ後悔しても、彼がいなくなる前にはもう戻れない。たくさんのいのちを見送るしかなかった甲洋も一騎も、それをよく、わかっている。戻れないから後悔する。戻れないから、そのとき、一瞬が、とても愛しくて大事なのだと。
 そこでふと、甲洋は思い至る。世界中を旅する自分たちが今、北にいる理由。防壁を超えて、その先の、かつては人類に憎しみを覚えたフェストゥムたちが多く群れをなしていた場所へ、向かおうと言ったのは、一騎だ。
「だから……、北極圏まで行こうって、言ったのか?」
 甲洋の問いに、一騎は「見ておきたくて」と、頷く。
「最初の来主が生まれて、総士に出逢った場所を。俺たちが北極ミールを破壊して、その後、核で焼かれて、遺った場所に。あいつは俺たちに会いに来てくれた。だから今度は、俺たちが、あいつの最初の場所に、行く番だって、思った」
 そう、最初から言えばいいのに、と、思い、けれど、言わないのが一騎らしいとも、甲洋は思った。一騎自身、こうして甲洋と話すまで、うまく言葉にはなっていなかったのかもしれない。それに、一騎にとっては、北極圏はあまりにも――想いのありすぎる場所だから。
 いろいろなことがそこで起こった。北極ミールとの決戦。喪われた総士。その総士が空をきれいだと思うフェストゥムに出逢い、守られ、帰ってきた。一方で、つらく長い旅路のなかで、その寒さに多くのいのちが喪われた。憎しみをもったフェストゥムにも多くのものが襲われた。逆に、人類も、フェストゥムから多くのものを奪った。そして、攫われたこどもも、そこでフェストゥムに育てられた。
 冷たく、寒い、永劫の冬。
 いのちを奪う、閉ざされた地。
 けれど――きっと、そこで見る空も澄んでいて、蒼い。

 最初の来主操に、火で焼かれてなお、個であることを選ばせた、うつくしい空。
 その記憶をもって生まれて、それでも、人と対話することを選んでくれた来主操が、見たがった空。

 ――北極のその空のした、きっと、澄み切った蒼を見上げて思うのだ。

 ああ、ここに、お前にいてほしかったよ、と。



2023.06.11
夏のTBE本に入る1本です。全部できたらいずれまとめます。わたしが操の死を受け止めるために書いた話。