弱さの強さ
「今日の検査はこれで終わりです」
おつかれさま、と千鶴が声をかけると、検査着姿の総士が「ありがとうございました」と頭を下げる。その手には、千鶴が持っているのと同じ端末があった。
一度は肉体を奪われた皆城総士が島に帰って来て、約二年が経つ。人と同じように成長するのか不明だった彼のからだは、同級生たちと同じように、立派な青年のすがたになった。とは言え、未知のからだは謎が多く、検査の種類は多岐に渡り、未だに頻度も高いままだ。だが彼は一度もそれを厭うことなく、むしろ、積極的に、自身の身体データをコアや同化現象の研究に役立ててほしいと申し出ている。
総士自身も研究の道へ進みたいと考えており、自分の身体データをみずから分析し続けていた。端末を見つめる目は真剣だ。もともと総士のポテンシャルは高いので、フェストゥム因子の解析や遺伝子操作、コアの延命やバイオスフィアなど、どの分野の研究であっても、その知能を活かせるだろうと千鶴は考えている。
竜宮島へのフェストゥムの侵攻、北極での蒼穹作戦、そしてその後の来主操との対話と、青春の多くを戦いに費やし、療養期間も長かった総士や一騎、真矢たちパイロットも、他の同級生に少し遅れつつ、もうすぐ教育機関からの卒業を迎える。――迎えられるのだ。
北極から皆城総士だけは帰還できなかった。そう、わかったあのときから、こうして今日のような平和な日々を迎えられると、誰が思っていただろう。――と、感慨に耽っていたところ、ふあ、と、総士が珍しく、あくびをこぼしたのが目に入った。
「総士くん、寝不足?」
「あ……、失礼しました。そういうわけではないのですが……、最近ときどき、ひどく眠くなるときがあって……」
「あら、そうなの? でも、ミールの衝突による不調はもう随分前に解消されているわよね」
ミールの衝突による不調、というのは、総士の今のからだを形づくった北極ミールのかけらと、この竜宮島のミールが反発しているのが原因と考えられた、初期の総士の身体的不調のことだ。異常なほどの眠気や疲労が頻発し、総士はしばらく、真壁家預かりとなって、一騎とふたりで療養していたことがある。しかし、時間が経つにつれて、総士のからだは島のミールに馴染み、不調は出なくなっていたはずだ。
「検査の結果にも特に異常はないようだし……」
「数値で見る限りは確かに何もありませんし、生活習慣にも問題はないはずなので……、バイオリズムの問題でしょうか」
「バイオリズム……?」
きょとん、と、千鶴は目を瞬かせた。身体や感情、知性にひとそれぞれリズムが存在し、それらの周期の切り替わりには体調などを崩しやすいというものだが、今なお、科学的に証明されているものではない。総士がそういった言葉を用いるのは珍しいが――要するに、自分のなかのバランスが、以前ほどではないものの、崩れている、と言いたいのだろうか。それはつまり、思っている自分と違う、こうであるはずだという自分とは異なる、ということであって――。
「……それは、良い兆候なんじゃないかしら……?」
「はい?」
「バイオリズムの信憑性はひとまず置いておいて、総士くんのなかには、きっと今まで、高調期しかなかった。そうでなければならないと思い込んでいた。けれど、以前とは異なる環境や関係性、自分自身の意識によって、低調期もある、あってよいものだと、総士くんのからだが認め始めているんじゃないかしら」
「それは……、良い兆候なのではなく、問題ではないですか……?」
低調期はないのならないほうがいいでしょう、と言いたげな総士に、思わず千鶴はほほえんだ。
「弱いところがないひとは、決して、強くなんてなれないものよ」