よあけのこもりうた
はぁ、はぁ、と、荒い息が聞こえた。しがみつかれているような感覚があって、総士はふっと目を開ける。
左腕にぎゅうっと腕をからめているのは、一騎だった。
そうだ、今夜は一騎の家で夕飯をいただいて、そのまま泊まる流れになったのだ。狭い一騎の部屋に二枚布団を敷いたものの、「そっち行っていいか」と一騎が訊くので、もちろん構わないと、彼を自分の布団に招き入れた。ひとの体温は安心する。まして、それが唯一無二の存在のものであるなら、なおさらだ。それを総士はよくよく知っている。だから、一騎がぴたりと総士にくっついて眠るのは、きっと、何かが不安なのだろうと思ったのだけれど――案の定だったか、と、胸のうちでつぶやいて、一騎のほうへからだを向ける。
「……かずき」
ちいさく名を呼ぶと、一騎がはっと顔を上げた。額には汗が浮かんでいて、瞳は不安そうに揺れている。そうし、と、掠れて震えた声が名を呼ぶので、たまらなくなって、そのからだを腕のなかに強く引き寄せた。
「どうか、したのか」
話したくないのならそれでいいが、と、つけ加えながら背中を撫でる。そうすると、落ち着いてきたのか、一騎の呼吸は徐々に穏やかになった。
「……夢、見て……、いなくなる、夢」
「……そうか」
多くは言わず、一騎はぎゅうっと総士の背中に腕を回した。総士は一騎のしたいようにさせて、同じだけの力で、一騎を抱き返す。どんな言葉よりも、そうすることが、今の一騎にとっては安心できるのだと知っていた。
生存限界を告げられてからの一騎は、夢を見るようになった。誰もいないところで、なんでもない日常のなかで、突然消えてしまう夢だという。
一騎は、自分の生存限界について「悲観はしていない」と言う。けれど、一方で、ファフナーに乗れないまま、戦うこともないまま、この平和な日常のなかで消えていくことを、おそろしいと感じている。それは、戦いのなかならば消えてもいい、という感情とイコールではない。――ない、けれども、一騎のなかで明確に切り分けられてもいない。
ファフナーの中なら、戦って消えるのならば、その瞬間、なにかを成した――守ったというきもちは遺るのだろうか。自分が生きたあかしを遺せたと思うのだろうか。自分の死に意味があったと、そう、思えるというのか。では、戦わずして消えるいのちには意味がないというのか――そんなことはない。ないはずだった。
けれど、いなくなるのがこわい、という一騎のきもちは、その、真っ暗な闇のなかへひとりで放り込まれるような恐怖は、縋ることのできる意味を求めている。役割を、求めている。
一騎はマークザインとひとつだった。一騎はザインで、ザインは一騎だった。あれのなかなら孤独ではない。恐怖にひとりで突き落とされるわけではない。そう思うきもちが、総士にはわかる。一騎とクロッシングしているあいだ、無の世界のなかでも自我を保っていられた総士には、わかるのだ。
けれど――本当に戦わねばならなくなる、そのときまで、今、このいっときの平和のなかで、一騎をマークザインにくれてやるつもりはない。
「一騎、お前はここにいる。僕のそばにいる。わかるだろう」
ほら、と、一騎の手を、自分の胸元へみちびいた。人間の肉体ではないのに、総士にもちゃんと心臓がある。とくとくと鳴る心音は、一騎がなにより、好ましいと思っているものなのだ。一騎はそっと頬を総士の胸元に押し当てて、ほう、っと息を吐いた。こうして一騎を安心させてやれるのだから、人間の肉体を理解し、その器官をすべて設えてくれた操に感謝しなければならない。
「大丈夫だ、一騎。僕を信じろ」
「……お前、自信満々だよな」
「当たり前だ。僕はお前との約束を違えたことはない。こうしてお前のところへ帰ってきただろう?」
それが証拠だと言えば、うん、と、一騎が笑いながら頷く。どうやら落ち着いたようだと安堵して、総士はもう一度、一騎のからだを抱きなおした。
あたたかなからだに安心しているのは、総士も同じだ。必ず寿命を延ばしてやると、そう口にするのも、総士がそうであってほしいと望むからだ。一騎がいなくなることなど、総士には考えられなかった。――否、考えねばならないときはあった。戦闘指揮官として島を第一に考えれば、パイロットを切り捨てねばならないこともある。けれど、失うことを考えつつ、決してそうはさせないとも、思っていた。
総士が総士でいられるのは、一騎がいるからだ。一騎がいなくなってしまった後の自分のことなど、全く想像できない。なぜなら、一騎のいないその先の自分、など、存在しないからだ。一騎がいなくなれば、総士もそこにはいない。
とん、とん、と一騎の背中を一定のリズムで叩くと、一騎がきもちよさそうに胸にすりよって、ふふ、と眠たげにほほえんだ。
「それ、いいな……、たぶん、ずっとむかし……、かあさんが、してくれた、きがする」
「そうか。ならばきっと、よく眠れるだろう」
こわい夢など、もう見なくていい。
そう思いながら、願いながら、総士は一騎の背中を穏やかに叩き続ける。そうして、やがて聞こえ始めた穏やかな寝息に、総士もつられるように目を閉じた。