地面がずっと、揺らいでいる。
 あの、とてつもなく大きなふねからは降りたはずだった。幾日もかけて海底を進み、総士の故郷から彼らの言う本当の故郷、、、、、への旅路は終わり、総士の見知らぬ――だがどこか懐かしさを覚えずにはいられない島へ、辿りついた。だからここは、波に揺れる艦の上ではない。――いや。ここも、艦の上なのだと、要塞なのだと、アルヴィス司令を名乗る真壁史彦というおとなは――あの真壁一騎の父親は、言っていた。
 だからだろうか。ここは未だ、海をすすむ艦の上だから、ぐらぐらと足元が揺らぐのだろうか。
 ――かつて暮らした、あの島はどうだったっけ。
 島だって海に浮かんでいる。だが本当に浮いているわけではない。島というのは、海底から大きな山が顔を出しているようなものだ。孤立しているようで、その実、海の底で大地はつながっている。
 だがそう考えれば、あの島は――ありえない場所に、あった。
 北極だ、と、告げた声がよみがえる。
 憎くてたまらないのに、頭のなかにこびりついて離れない声だ。嘘だと言いたかった。総士の知っている北極という場所は、地球のいちばん北にあって、氷に覆われた場所だ。人が暮らすことのできる場所ではないし、まして、四季の存在する島が、穏やかな海に囲まれた島が、存在するようなところではない。ついさっきまで、総士は、夏の夜の、どこか湿っぽくて、穏やかな風を感じていたのだ。そんな島が、北極に存在するわけがない。
 信じたくないのに、目に映るのは確かに、氷の大地だった。なぜ寒くなかったのか、今思えば不思議だが――あの男の言い分を信じるのなら、あのミールの艦というものの上では気温が調整されていたのだろう――あのときの総士に、そこまで考える余裕はなかった。ただ、ただ、黒と白しかない視界と、さっきまで見ていた、夏の夜空や灯篭のあかりや家々にともるひかりが、結びつかなくて、理解できなくて、納得できなくて、――わかりたくなかった。
 わかっていたから、わかりたくなかったのだ。
 島が破壊されていく音を聞きながら、きっとどこかでわかっていた。大地があり、山があり、家々のあったあの島が、「島」というものが、あんな音を立てて沈むだろうか。陸地の破壊されるような音だっただろうか。それこそ要塞が、金属が、悲鳴を上げる音だったのではないか――。
 けれど、だから、なんだというのだろう?
 たとえあの島が造られたものであったとして、共に生きたひとたちが、時間が、嘘だったなんて、どうして見ず知らずの者たちに否定されなくてはならないのか。
 偽りの島。偽りの家族。偽りの友達。
 それは誰にとっての偽り、、なんだ?
 少なくとも、総士にとって、あの島に暮らした皆城総士にとって、かけられた言葉も、教えられた感情も、積み重ねた記憶も、すべて、「本物」だった。
 たとえ何もかもが総士に何かを隠すための嘘だったとしても、その嘘が、とっくに、総士のなかでは「本当」になっていたのだ。

 ――ではその「本物」を、「本当」を、信じられるのか?
 今でも、なお?

 わからない。
 わからなかった。
 生まれ故郷だという島へたどりつき、人々と言葉をかわし、自分の記憶の奥底から、この島に確かにいたのだということが、じわじわとよみがえって、「本当」は揺らいだ。騙されていたのだと思った。けれど、だからと言って、今、この島のひとびとを、信用することだってできない。彼らだって、自分を利用しているだけかもしれない。騙しているかもしれない。懐かしくて、あたたかい何かが、どこかに眠っている気がするのに、それに触れられない。触れることが、こわい。
 ここにいたくない。
 どこにも行けない。
 帰る、帰りたい――どこへ?
 父さん。母さん。乙姫。
 もういない。もう、総士にとっての家族はどこにもいない。
 それなのに、どこへ帰るというのだろう。
 この島のひとたちはみな、総士が「竜宮島」への帰り道を知っているのだという。そこへ帰りたいのだという。
 ――じゃあ、僕は。

 僕は、どこへ、帰ればいいんだろう。