「僕もさ、今でもね」

 眠りにつこうとするたびに、聞き馴染んだ声が頭の中によみがえって、総士はおおきく息を吐いて寝返りをうった。少し前まで大勢がひしめきあっていた部屋のなかに、今は総士ひとりだ。あかりは落とされている。部屋の外、いつも誰かが出入りするわずかなスペースの、さらにもうひとつ扉を隔てた先には、監視と護衛のために銃を構えた人間が立っているらしいけれど、その気配すらこの部屋には届かない。それに――そんな人間がいたって、マリスには意味がなかったじゃないか、と、総士は思う。
 見慣れた姿であたりまえのように現れた彼は、総士のよく知るほほえみを浮かべていた。一瞬、戻れば、彼と一緒にどこかへ戻れば、何もかもが元通りになるのではないかと思った。父も母も乙姫もいる場所へ、帰れるのではないかと。
 けれど、そんなはずはない。
 マリスは自分に何かをしようとした。「余計な記憶は消すから、、、、、、、、、、」とそう言った。余計な記憶、とはなんだ。それは総士にとって不要なのか、それとも、マリスにとって、不要なのか。いずれにせよ、総士自身の記憶を消す権利は、総士以外の誰にもないはずだ。余計かそうじゃないかを決めるのは総士であって、他者ではない。
 ――ここにいたことは分かるのに、思い出せないのは、お前のせいなのか?
 ふとよぎった疑念に、総士はぎゅっと目を瞑る。
 信じていた、親友だと思っていた。物知りで、優しくて、ちょっといじわるで、同い年のくせに兄のようにふるまう彼が自分の親友であることがうれしかった。それは、嘘ではない。
 ――僕もさ、今でもね。
 今でも、今でもマリスは、総士のことを親友だと思っていると言った。けれど、だとしたら、どうして記憶を消そうとしたのだ。総士のことを真っ直ぐ見て真実を話すことができるのなら、記憶を操る必要などない。何が真実で何が偽りかを話してくれたら、どうしてそうしたのかを話してくれたら、そして、謝ってくれたのなら、きっとマリスを許せてしまうのに、彼はそうしなかった。
 ――それなのに、お前は僕を親友だっていうのか。
 わからない。わからない。わからない。
 ――わかりたい。
 それだけだ。そればかりだ。この世界で、自分だけが何も知らないようなおそろしさを、総士はずっと感じている。
 嘘を暴きたい。本当を理解したい。その「嘘」と「本当」をどう切り分ければいいのかすらも、今の総士には、なにもわからない。
 目を開けても、目を閉じても、そこにはただ、真っ暗な闇がある。
 夢を見たい、と、そう思った。
 総士のきもちをざわめかせる、あの夢。青い空、海、砂浜。乙姫によく似たふたりが、総士をいざなう夢だ。どんなに暗い夜の闇のなかであっても、あそこへ辿りつければ、総士は、自分が何者であるかをわからないという孤独と恐怖のなかから、すこしだけ、救われるような気がした。