大晦日
早く早く、と急かすこどもは急勾配の階段をたんたん軽快に駆け上がっていく。「危ないからゆっくりな」と後ろから告げる一騎の声は、聞こえているのだろうが、響いてはいないらしい。一騎に似て身体能力の高いこどもは、転けるということがあまりないのだ。
はぁ、と、総士が大きく息を吐くと、一歩先を進んでいる一騎が振り返った。
「息、切れたか?」
「さすがに……、ここ数日怠けていたからな」
坂のまちを形成している山のいちばん上に建つ寺までの道のりは、険しいという訳ではないが、階段と坂が続き、楽でもない。坂の中腹の家と下のまちを行き来している普段ならばあまり疲労を感じないが、年末に解放されたいがためにここ一週間ほど部屋にこもって仕事をしていたせいで、体力が落ちているのだ。
一騎は一歩下がって総士の隣に立ち、上を見上げる。
「ゆっくりでいいぞ。そうしはたぶん、上に、待たせてるんだと思う」
誰を、とは言わなかったけれど、総士はなんとなく気づいて、「なるほどな」とちいさく笑う。そうしがこの春からご執心の隣家の住人は、一騎たちとあまり顔を合わせたがらない。そうしはそのあたり気にしていないようで、今夜も「みんなで鐘つきにいこ!」と言うので出てきたが、目的は彼なのだろう。彼のほうに、親もついてくる、ということを告げているかどうか――いないだろうな、あの様子では――と思いながら総士は「ならば、ゆっくり行こう」と言って一騎の手を握った。一騎がきょとん、とした顔を向けてくる。
「……お前の手はどうして、こんなにあたたかいんだろうな。二十数年の謎だ」
「お前はすぐ冷たくなるもんなぁ」
ふふ、と笑って一騎が、ぎゅうっと総士の手を握り返してきた。肩をすこし寄せると、寒さがやわらぐような気がする。年を重ねても、幼なじみが恋人になっても、恋人が家族になっても、この居心地の良さは全く変わることがない。
深夜の静かなまちには、しかし、いつもより多くあかりが灯り、静かななかにも、出歩く人々の息吹を感じる。ふたりでぼんやりそれを見つめていると、階段の上から、まちのあちこちから、低く高く響く、鐘の音がし始めた。もうすぐ年が明けるのだ。
「……そろそろ行かないと、そうしが拗ねるかな」
「……むくれるだろうな」
元気のいいこどもが、むすっと「どこにいたんだよ」と言い、その後ろで隣家のこどもが居心地の悪そうな顔をするのを思い浮かべて、ふたり同時に、くすりと笑った。
「来年はもっと賑やかになりそうだなぁ」
「そうだな」
「……総士」
「ん?」
来年もよろしくな、と、そう言った一騎のくちびるが、総士のそれをかすかに、掠めた。
2020.12.31 文庫ページメーカー初出