草取りが終わって、「この島のどこかに、こういうふうに、亡くなったひとの写真を置いている場所がありますか」とたずねたら、神社にあると教えてくれた。夕食の時間――この時間までに帰っておいでと言われている門限までは、あと少しあった。神社は以前、蚤の市で行ったことがあったので、道はわかる。
 もう誰もいない、静かな境内を歩き、正面の社ではなく、脇に設えられているちいさな社の戸をそっと開ける。
 ここに、竜宮島の時代からずっと、誰かが亡くなるたびにかけられている遺影があるらしい。いつでも、誰でも来られるように、灯りは絶やさずついているのだと、剣司は言っていた。その通りに、ぼんやりと蝋燭に照らされた室内に足を踏み入れると、壁一面に掲げられた、夥しい数の写真に三方を囲まれる。
 圧力を感じるほどの数だというのに、威圧感はない。ただおだやかに、静かに、写真におさめられた人々が、そこに佇んでいる。総士にとっては名も知らない、亡くなったひとたち。
 それらをぐるりと眺めて、不意に、視線が吸い寄せられるのを感じた。
 ――いた。
 あの集合写真と面影がちがっても、わかる。
 ゆっくり歩み寄り、その写真を、見つめる。
 総士と、瓜二つの顔。ただちがうのは、彼のほうが年上で、そして、左目を裂くような傷があること。


 ――僕の名は、皆城総士。


「……僕も、皆城総士だ」

 あなたは、なの。
 どういうひとなの。どう生きて、何を選び、なぜあの声を遺し、逝ってしまったの。
 手を伸ばして、その顔に触れる。指先に感じるのは、写真がおさめられた額縁のガラス面の冷たさだけで、そこには、ぬくもりなどない。だが総士のなかには、あのとき、声とともに流れ込んできた熱と、おもいが、かたちを持たないまま、けれど確実に、在る。わからないけれど、わかる。マーク・ニヒトは僕のものだと、そう感じたのと同じように、何をしなくてもあれを動かせたように、この彼が、自分と同じものなのだとわかる。
 ――いや、まったく別の存在。別の意思。同じ命を持つものではない。けれど、彼と自分は、どこかで、ひとつ、、、だ。空が世界中のどこで見上げても空であるように、けれどちがう色を持つように、つながった存在。
「あなたの声を聞きたい。……あなたに、会いたい。教えてほしい。僕は、僕になりたい。僕で在りたい。知識だけでも、力だけでも、きっとだめなんだ。僕が……、僕が何者なのか、僕自身が決めるために、あなたに教えてほしい」
 知らない過去を、知らない真実を、知らないみちゆきを。あなたならきっと知っている。わかっている。教えてくれる。

「……みなしろ、そうし」
 

 ――君の名を、僕は知らない。


「僕の名前は……、僕は、」

 僕はほんとうに、皆城総士という、存在なのか。
 それを決めるのは他の誰でもない、僕だ。

 ふと、一瞬、視線をそらした先に、この手から喪ったものと、まったく同じ面影が写る。乙姫、と、そう言いそうになって、口を噤んだ。その隣にもまた、同じ面影が飾られていたからだ。
 ふたつ、同じ顔が、並んでいる。
 ――そうだ、あの夢にも、乙姫と同じ面影の双子がいる。
 美羽の両親をかたどった父と母。同じ顔をした、ここにすでにいない者と、夢のなかの者を、かたどった、妹。マリスは美羽と総士のための家族だと言った。
 ――何を思って、彼は、乙姫をつくった、、、、、、、

「―――っ」

 叫びだしそうだ。

 どこへも行けない。何者でもない。どこかへ帰りたい。僕になりたい。知りたい。わかりたくない。理解したい。真実を、嘘を、過去を、今を、僕を、僕を取り巻くすべてのものを、僕自身を揺らがすものたちを、知ることで僕が僕になる。嘘だったものを本当に、本当だったものを嘘に変えても、おそれないだけの力がほしい。僕が僕の認めた真実だと揺るぎなく叫ぶことのできるだけの、あかしが、ほしい。


 僕は。


「僕は……っ、皆城総士だ……!」




 死者の間におちる慟哭へ応える声はない。ただ、そこには、たったいま、生まれ落ちようとするこどもがいた。
 明かりを求め、暗がりを抜け出ようとする、もがき苦しみながら産声をあげようとするこどもがそこに――ただ、ひとり。