お正月の話
家のなかは、しんとしていた。
窓越しに、家に面している坂道を行き来する初詣客の声がかすかに聞こえてくる。山の上にある寺は、今日は人でごった返しているのだろう。一騎たちは深夜のうちに初詣を済ませてしまったから、今日一日はどこにも行かずにのんびりしようと決めていた。
昼をすこし過ぎた冬の日差しが台所を照らして、シンクの上できらきら跳ねるのが眩い。くつくつと鍋のなかで煮立つ小豆を、銀色のおたまでくるりと混ぜて、そろそろいいかな、と、火を止めた。
つきたてだよ、と昨日ご近所さんが持ってきてくれたまあるくて白い餅をみっつ取り出してトースターに入れたところで、一騎は、はた、と動きをとめる。
「そうし何個食べるかな……」
この家のなかでいちばん食べ盛りのこどもは、餅ひとつでは足りないだろう。そういえば、見るものがないと言ってテレビを消してしまってから、居間で寛いでいるはずのふたりは何をしているのだろう。開けっ放しは寒いだろうと、台所と居間の仕切りになっている引戸を閉めているから、様子がわからない。先ほどまでは、片やタブレットを手に仕事用の物書きをし、片やスマートフォン片手に、隣に住んでいる友人とのやり取りに夢中になっていたはずなのだけれど。
がらりと引戸を開けて居間を覗くと、ぽつんと長方形の炬燵があるばかりで、ふたりの姿がない。おかしいなと思ってあたりをぐるりと見回すと、ふたつぶん、ちいさな寝息が聞こえてくる。
炬燵机のむこう側を覗き込むと、仰向けに寝転がった総士と、総士にくっつくようにして眠っているそうしがいた。タブレットとスマートフォンは畳のうえに放置されていて、おおかた、そうしが総士のタブレットをつつきたがって二人で何かしているうちに眠くなって、そのまま転がったのだろう――けれど。
「…………」
起こせないだろう、と、一騎はふたりのそばにしゃがみこんで、ふにゃふにゃと顔をゆるめてしまう。ふだん、どちらかと言えば怜悧な印象の総士の顔は安心したようにゆるんでいるし、成長して大人っぽい表情も見せるようになったそうしが、幼い寝顔を見せている。ぬくもりを求めるようにお互いにくっつき合って眠る姿に愛しさがあふれて、口もとがむずむずする。かわいい。どうしてこんなに、かわいいんだろう。この瞬間をどうにか切り取って、ずっとずっと消えないように、だいじにしまっておきたくなる。そうできないことも分かっていたし、できないからこそ、こんな、なんでもないひとときが、愛しくて仕方がないのだということも知っている。
「ん……」
もぞりと、総士がかすかに身じろいだ。ゆっくりと瞼が上がって、このまちの澄んだ朝焼けに似た瞳がまたたく。同時に、くぐもった声を出してそうしももぞもぞと身をよじった。
「……かずき?」
ふたりが共に一騎のほうを見上げて、こてん、と首をかしげる。息のあった仕草にくしゃりと笑って、一騎は「おはよう」と目を細めた。
2020.01.01 文庫ページメーカー初出